札所4番・金昌寺(きんしょうじ)
3番で15分ほど休憩して、12時30分に出発。4番まで1.4 km。3番には屋根のある休憩スペースがあって、ゆっくりできたのは良かった。和尚さんもフレンドリーで、おいづるやご朱印のルールを教えていただいた。ただ、僕のようにややカジュアルな巡礼者は、納経帳で十分だということなので、とりあえず安心した。
今日は5番までと考えると、とても順調なペースだ。とはいえ霧雨が続いている。3番以降は街の中を通りぬけていく江戸巡礼古道となり、道幅は軽自動車1台分とちょっと。車がやってくるとやや気をつかう。そこかしこに案内板があるので、田舎の道でも安心して歩いて行ける。本当に普通の田舎の道をひたすら歩いていくという感じ。
周囲の景色は中々魅力的なのだが、あまり目に入ってこない。歩くことに集中しているからだろうか。やはり人生には目標が必要だと思う。この巡礼が、単なるウォーキングだったりすると以外にもっと疲れていたかもしれない。もっと言えば生活にはリズムが必要だ。アップダウンはあるが、一定のスピードで歩いていくと軽いステップで進むことができる(ような気がする)。
平地だったので、15分ちょっとで4番に到着。大きなわらじが見えてくる。3番までは全部ご本尊は聖観音様だったが、ここは11面観音様となる。しかしこのお寺には小さい石仏がたくさんある。17世紀に作られたようだが、いくつかの石仏は頭がない。体だけ。これは太平洋戦争で戦地に赴く兵隊さんが、持っていったとのことで、そこには”必ず戻ってきて、頭をここに戻す”という強い願いが込められていた。頭部分はおそらくお守りだったのだろう。いくつかの石仏には首のあたりに、くっつけた跡が見えるようだったが、頭のない石仏もけっこう多かった。悲しい歴史はここ秩父にも見られる。
本堂の手前には、うどん屋があって地元の人の憩いの場となっているようだ。行きつけの場所がお寺さんというのはうらやましくもある。僕は大学から東京にでてきて、どちらかというと新興住宅地で暮らすようになったため、地元との接点が少ない。会社やビジネスのお付き合いはあるが、たぶん年をとれば、そうした関係は薄れていくことだろう。一方で地元の付き合いはあればあったで結構大変だ、ということも聞いたことがある。寄合に参加しないといけないとか、お酒飲まないといけないとか、いろいろな人間関係が左右しているのかもしれない。僕は、困ったらとりあえず巡礼をやっておこう。まだスタンプラリー的要素が強いけど。
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